沿革

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1999年9月 

個人事業R@S開業 主に神戸の有名家電販売店の訪問サポートに従事。その時お世話になったのは現在おちゃのこネットを運営されております岡野社長でした。

まだまだウインドウズ95・98のパソコンでダイヤルアップでの接続設定・プロバイダオンライン申込代行・TA(ターミナルアダプタ)など周辺機器の設定などが多い時代でした。

今のパソコンのように、簡単にインターネット設定ができず、お困りのお客様も多く、お伺いすれば快く接して下さり、インターネットの素晴らしさ・楽しさをお伝えすることが出来る、非常にやりがいを感じた時代でもあります。

ちなみに当時ダイヤルアップでのインターネット接続設定+レクチャー30分程度でお客様価格¥18900円程度しました。
ご指名を頂き何度か訪問させて頂いたお客様もいらっしゃいましたが、契約上販売店としての立場でお伺いさせて頂いておりましたので、ご挨拶もできませんでした。お客様にはこの場を借りてお詫び申し上げます。

 

 
2001年2月 合資会社アール・エー・エス 設立
某大手通信会社の要請により、法人化をすることに。この頃はプロバイダの有料訪問サポートが主流になり、訪問サポートも低価格化・価格競争の時代になりました。(この頃、インターネット接続設定がお客様価格¥12000円前後だったと思います)

日本のパソコンの代表格であるメーカー系のプロバイダ設定サポートや、大阪の大手流通会社などの訪問サポートをおこなっておりました。

また、法人案件も多く、関西でご活躍の通信機器販売店の店舗監視用WEBカメラの設置・設定(10店舗)やWEBサイトの製作、法人様の社内ネットワークの改善、大学情報処理教室のハードディスク総入れ替え、大手フランチャイズショップの店内サーバー機のバージョンアップ作業、銀行基幹システム入替に伴うクライアント機の設定など、東京の会社とお取引させて頂く事になった事により様々な案件に携わることができました。

後半には某大手ショッピングモールのパソコンセット案件(パソコン+プリンタ+ラック+訪問サポートで10万円(だったかな?))で淡路島・徳島・愛媛・岡山・島根・等々様々なエリアに訪問する事ができました。勿論交通費は別途請求でしたので、旅行気分でわくわくしながら訪問していました。祖谷温泉がとても気持ち良かった事を覚えています。

2002年 大阪に進出された大手販売店の訪問サポートを担当できる事になり、業務委託スタッフの募集をおこない始めました。が、訪問サポートを大学生の家庭教師と同等と考え応募される方が多く、殆どが使い物にならない状態でした。トータル100名以上面接しましたが、パソコンの事が好きといった方ではなく、人と接するのが好きなサービス業としての適正を持っている者を重点的に選びました。

XPのパソコンやADSLがだんだん定着しだした頃で、お客様の中にもご利用される方が増えてきだしました。

また、他業種から副業で始めてみたいと仰られる方も多数おられました。その中の一人は、現在電話工事も出来る資格を取り、別業種の社長もされながら、訪問サポート・工事でご協力頂いております。

夏には業界初の無料訪問サポートが開始され、価格競争に一層拍車がかかりました。弊社はその無料サポートを担当させて頂く事ができ、業績が伸びた時代でもありました。

 2003年 プロバイダの無料サポートが拡大し、販売店のサポートは殆どなくなってしまいました。社内スタッフと業務委託スタッフ合わせて20名を超えるようになり、1000件/月の訪問をこなすようになりました。

その中で、無料サポートでは対応できない、顧客重視のサポートが出来ない事、現在の件数をさばく事に精一杯で、社内、訪問スタッフ共に心身両面から疲れ・違和感を感じていました。
業務委託スタッフの中から、数名が社員になり、お客様が喜んで頂ける姿を励みに頑張ってきました。

 2004年 3ヶ月毎のキャンペーンの切り替えによって、無料訪問サポートがなくならないかどうか・・・。そんな事ばかりを考えていました。反面、無料サポートというものが、お客様の中で2極化するという状況が顕著になった事もあり、このまま業務を続けることに葛藤する日々でした。

具体的には「無料当然・当たり前・私の都合に合わせて来い」というお客様と、「無料でこんなにして頂いてありがとう」というお客様です。弊社では「お客様自身が電源を入れ、ホームページが見れること、メールが受信できること」を完了用件としてきました。ですので、全くの初心者の場合、説明に30分~1時間掛ける事もありました。勿論無料サポートの範疇外の事です。

そのようなサポートをしていると、前者の方でも訪問後には(おもしろいように)大変快く接して頂けるようになりますから良いのですが、アポイントの時は容赦なく私達に「いつまで待たせるんや(申込から開通までが時間掛かっていて、依頼が来たのは今日なのですが・・・)はよ来い!(工事日が過ぎてませんが・・・)」といった剣幕で来るのです。

それも、アポイントの順番待ちをしているお客様を差し置いて、取引先から「先に対応してくれ」と流れてくるものですから、黙ってお待ちのお客様が順番抜かしに会うという、筋の通らない事が行われる訳です。取引先とも何度も話し合いましたが・・・。
2002~2004年まで、休みもままならず、日々お客様対応に追われ、ぼろぼろでした。

2005年 昨年秋頃に新しいサービスを2005年から提供するという発表があり、全体的にADSLの加入者数が減少に向かいました。そのため、依頼が極端に少なくなり、休みが定期的に取れるようになってきました。

最初のうちは少し喜んでいた部分もあったのですが、別の展開も考えなければいけないと言う事で、今後は下請けではなく、弊社の名前で出来ることをやろうと、プロバイダの加入取次(勿論加入後のアフターサービスまで一貫して対応できることを前提に)、ネットワークカメラ(店内監視用や動態検知を使って入退室の把握など)の販売設置、WEBサイト製作・PC販売など、様々なトライをおこなってきました。

勿論どれも日々の業務の中で直接お取引のある方からの要望で対応済みのものですが、一般顧客・新規顧客の開拓のために、そのようなソリューションを提案するといった形は初めてでした。基本的に弊社社員は信念を持った?技術屋集団でしたので、営業に関しては全然駄目で、良い経験になったかな?くらいの成果でした・・・。

春先にケーブルTVの無料設定をさせて頂ける事になりました。これは、今までのようにプロバイダ名でお客様宅にお伺いするのではなく、弊社の名前でお伺い出来、後日のアフターサポートを直接有料で提供して良いという条件でしたので、ようやく本来のサポートが展開できる、非常に嬉しい成果となりました。

秋には3年続けていた方の取引を終了する事になり、弊社社員が1名取引先に受け入れて頂く事になりました。もう1名は将来の目標の為に別会社に転職することになりました。今も2名ともそれぞれの立場で頑張っている事と思います。

2006年 規模は小さくなりましたが、大手PCサポートが出来ない
「地域密着・メニューにないサポート」が出来るように。
内容以上に私個人を買って頂けるように、サポートという仕事に携わろうと思っています。

弊社業務委託スタッフは担当エリアが決まっており、そのエリア内でお客様からの信頼を得られるように、直接の受注が増えるように、お互いが協力の上、提携していく所存です。 

2007年 お店や中小企業の定期訪問プランを設けました。毎週1回定期的な訪問をするなど、深く関わることができれば、それだけ提案できる内容も増えていきます。自社ドメインを取得されていない方には、まず自社ドメインを取得頂き、WEBサイト作成、求人サイトの利用、社内管理システムの導入、商品販売サイト運用など、どんどん広げていく事ができます。社内の人材は社内でしか出来ない仕事だけに使い、アウトソースを効果的に活用することが成長の秘訣だと思います。

2008年 新たな年にWEBサイトの更新を請け負うサービスを開始いたします。更新されていないWEBサイトほど損をしている事はありません。サイトを公開しているのであれば、例え1店の店主であっても、地域の中小企業であっても、営業をしているという事は、何らかの情報を外部にアピールしなければいけません。ところが、日々の業務に追われ、更新が数年滞っているサイトも少なくありません。定期的に「何を更新すれば良いのか」「どんな内容を入れればよいのか」を提案し、実際のアップロードや作成を請け負うというものです。

2009年 10年目に突入し、大半のお客様が商店・法人様に移行する中、当初より贔屓にして頂いている方からのご依頼は本当に嬉しく、有難いものです。これからも精進するとともに、変わらない事が大事な要素は残しつつも、常に新しいものを求めて変わっていくことをためらわないようにしたいと思います。

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このページは、tokuが2009年5月13日 14:10に書いたものです。

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